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生保の仕事をはじめた母親は、荒れたホステスのように様変わりしていった 

87 :名無しさんといつまでも一緒:2006/01/23(月) 06:05:51 0
父親が社食に営業に来る生保レディーと各社やりまくり
慰安旅行まで営業で付いて来る生保レディー
漏れは小学校の高学年だがもう父親と思っていない。

落ち込んではいるけど父に対して嫌悪感が出て見るのも嫌だ。


126 :名無しさんといつまでも一緒:2006/01/25(水) 02:33:11 0
>87
おれの母親は生保で働いてた。生保の仕事をはじめた母親はそれまでの優しいお母さんから、荒れたホステスのように様変わりしていった。
タバコを吸うようになり、酔った時には帰宅も午前様になる事が何度も続いた。家に連絡すらないことも多かった。

あるとき母親の机の引き出しから、お客さんとの旅行や飲み会に行った時などのいろいろな中年~老年男性との2ショット写真なども出てきた。
中には、服の上からとはいえ母親の胸に触ってる男や、母親と頬を寄せ合ってる見知らぬ男たちとの写真も出てきた。
小学生当時のおれもだけど弟もそれらの写真を見て泣いた記憶がある。とても哀しかったし、母親がとても汚く感じた。
写真の中の男たちを恨んだ。

なぜ父親よりも醜く歳取った男たちと密着し笑顔で写真を撮られてるのかが理解できなかった。写真をたいせつに保管しているのも分からなかった。
母親にたいする嫌悪感はなかなか消えない。

それだけでなく、父親が母親の浮気を突き止めたことがあった。氷山の一角なのだろうけど、やはり生保の顧客だった。
写真で見るその男は、かなり年老いた会社経営者だったと記憶している。
当時父は相手をぶっ殺すとかなり息巻いていたけど、その後どうなったかはぼくは知らない。

幸いにもぼくら子供とよく遊ぶ父親だったし、母親も生保を退職し態度を改めるようになったので家庭崩壊までには至らなかったけれど。
ぼくも弟も(父親もだろう)当時の母親の行動と、なにより母親をそそのかしたその浮気相手の男の事はいまでも恨み続けている。



127 :名無しさんといつまでも一緒:2006/01/25(水) 19:30:04 0
>>126
生保の仕事は枕営業と世の人間は知ってる

慰安旅行にも営業で付いてくる。
忘年会の酒の席で体を触っても文句言は無い
ブラウスのボタンを大目に外し胸をチラつかせ
社食に営業に来る
慰安会のアウトドアでバーベキュウの時はデニムのタイトスカートで
膝まで前が切れ上がった生足で、ブラ紐が肩からずり落ちてる。

>母親をそそのかしたその浮気相手の男の事はいまでも恨み続けている
そそのかしたのでは無く、誘ってるような生保の営業陰たちです。




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